一年続けられなかったバイトとしごとがほとんど。泣 思い出したときに記録していく。
高校2年生(?)和菓子屋バイト
野球部のマネージャーを辞めて、家から自転車ですぐの和菓子屋さんに土日の早朝バイトに行くことにした。時給は当時の最低賃金を下回る700円台。でもバイト未経験だししょうがない、これも経験だ!と思って行ってた。かしわもちと桜餅に巻く葉っぱの裏表がいつまでも覚えられず、半泣きになってたらそんなことで泣いててどうするの?と注意された。メモしてもどこにメモしたかわからないやつ。経験!
じいちゃん社長のことを間違えて「店長」と呼んでしまったことがある。じいちゃん社長が店番で暇なときは、業務用冷凍庫にストックしてあるヨーロピアンシュガーコーンをくれる。
二代目と思われる息子と、その彼女がたまに手伝いにきてた。彼女は鬼美人だけど、まったく目を合わせてくれない。
和菓子屋の親戚と思われる、ひとつ年上くらいの女の子がたまに手伝いにきてて、下の名前があかねでわたしと全く同じだった。そのあかねちゃんはずっとお店を手伝っていたのか慣れてるおり手際もよかったが、こちらのあかねはろくに電話を受けることもできず1年ぐらいで受験を理由にやめた。
数年後、ともろーの友人でわたしと同い年の男の子がそのあかねちゃんと付き合ってることを、ストーリーに一瞬映った顔で把握し確認、本人だった…世間って、狭い!
高校3年生 結婚式場のバイト
友人の先輩がやってるということで紹介してもらい、受験も終わり小遣いを稼ぐぞ!と意気込んで時給の良い式場のバイトへ。同じ高校の先輩ばっかりだった。ここでもみなさん手際よくドリンク作っててかっこよかった。とにかく正社員ぽいおばさんたちが性悪かった。
こんな書き方すると最悪だけど、田舎の狭い世界でしか生きてない人たちの性悪さだった。
まったく他人の結婚式だけど、配膳前にスタンバってみる紹介ムービーで感極まったりした。時給が良いということ以外、なにもいいことがなかった。パンプスがまじでつらかった。
ホテル・ウエディング業界に少しだけ興味を持ってたけどその興味はここで消えた。
大学1年生 スーパーのレジ打ち
マック〇バリューでピンクのジャケットを着てレジ打ちをした。混んできてお客さんがたくさん並んでいるところを最速でさばいていくことを【レジピッピ・ハイ】と名付けた。
地元の駅周辺に新しくできた映画館の入ってるビルの一階だったので、たまに友達がレジに並んでくれることもあった。その映画館では今でも仲良くしてくれてるウネ©がバイトしてたけど、たしか1回か2回ぐらいしか顔を見に行けなかった。
ほぼオープニングスタッフだったので同じ時期に同世代の学生を私含め5人ぐらいいたけど、みんなすぐやめちゃった。
スーパーは海外とディズニーを見習って早くイスを導入した方がいい!立ってる意味あんまりない。仕事終わりにでっかいグミの袋買って帰るサラリーマンかわいい。
休憩室でネイルを落とすという強烈なおばさんがいて、最初その人からあんまり良い態度を取られてなかったけど、ある日野菜の価格ボタンの場所を焦って探してて(その日の仕入れによって少しタッチパネルの場所が変わる)そっと教えてあげたらその日から態度が急変した。あんまりそういう人の心理がわからない…
社員さんが心を病んで休職してるのを見た。なんだかみんなしんどそうだったけど、品出しのおじさんバイトだけがヘラヘラしてた。バーベキューに誘われたけどさすがに断った。
よく買い物に来るけどあんまり心象の良くないおばさん客がおり、それは数年後違うバイト先で再会するのであった…
大学1年生(?) コンビニバイト
授業が始まる前とか、午後のバイトと掛け持ちできるように
早朝6時~9時の3時間の短時間バイトをセ〇ンでやってた。コンビニバイトってやることめちゃくちゃ多くて、いちばん苦手なのが荷物の発送だった。
店長にちゃんと教えてもらってないままアメリカンドックを揚げて、同じ時間に入ってる男の人も教えてくれず、丸焦げにしちゃったことがある。教えてないぼくが悪いよ~と店長はなだめてくれた、すみません。
慣れてくると大体何時になったらどの人がくるか、どのたばこ買うかがわかっておもしろかった。夜中勤務のおじさんとよく交代のタイミングがかぶっていつも挨拶と世間話をしてたら、離れて暮らす息子のためにCD焼いてるんだ(たしかそんなことを言ってた)今度焼いてくるねと言って、実際に焼いてきてくれたのだけど
プレイリストに含まれる曲のCDジャケットをきれいにレイアウトして印刷した背表紙が入ってて、ていねいだなぁと思った。流行りのJ-POPがメインだった。
途中からいつも一緒に入ってた会社勤めの男の人がシフト変更して、姉御!みたいな地元のギャルい雰囲気のお姉さんと一緒になることが増えた。率先してトイレ掃除してたら気に入ってくれて、おやつを買ってくれたりバレンタインはチョコのセットをわざわざくれたりていい方だった。やめてから制服返しに行ったときも、ドーナツを買ってくれた。確かプードルと一緒に暮らしてたはず、元気にしてるかなぁ。
大学1年生(?)文房具屋さん
神戸の三〇駅ビルのかわいい文房具屋さん、ほんとにストックがごちゃごちゃでどこになにがあるか最後まであんまり覚えられなかった。
本社ですごいお偉いさんのような女性に面接してもらって、そのときお金が無くて格安で買った古着の水玉のスカートに黒のTシャツを着てたのだけど、「あなたおしゃれするの好きなのね」と言ってもらえたので元気よくはいと答えた。
先輩に、薬剤師がつらくてやめたお姉さんと、保育園がつらくてやめたお姉さんがいた。でも今も給料が安すぎてやっていけないと嘆いていた。
ギフトシーズンはお客さんがたくさんいるし、ラッピングを素早くやらないといけないけどそんなに回数を重ねてないので毎度プレッシャーだった…包み方200種類あんねん。
時計や少しお高めの文房具も取り扱っていて、女性のお客さんに一緒に時計どれにするか相談され、おすすめしたものを実際に買ってくださったときはすごく感動した。
幸せのパンケーキ
神戸三宮店、ほんとにひどかった。初日お店に行っても誰からも何にも指導がなかった。明らかに洗濯されてない制服を渡されて、共同で上着をかける場所にコートをかけてたらわざとハンガーから落とされてた。一人社員みたいな若い女性がいて、唯一その人だけ受け答えしてくれるのだけどその人がシフトをあがってしまってから誰もなにも口を聞いてくれず、知識ゼロのまま今までの経験を活かし一日接客をやりきった。昼休憩の時点で飛ぶべきだったし、今だったら絶対そうするけど当時はまだ真面目だったので、一日やりきった。今思い出しても本当に意味がわからない。途中、経営者夫婦みたいな人たちが来店したのだけど、不愛想で最悪だった。
お金のためにと一日働いたが、実働する前の別日に契約書にはんこだけ押しにオフィスに行ったことを思い出し、契約書を見返したら給料は〇日間働いたら発生する みたいなことが書かれていた記憶、とにかく最悪だった。この日以降行きませんでした。
フレンチ居酒屋
家から自転車ですぐの場所にできた、フレンチ料理を居酒屋感覚でいろいろ食べられるお店のオープニングスタッフで採用された。やっぱり一か月後ぐらいには採用された人のほとんど辞めたり、オーナーとそりが合わないので辞めさせられたりしていた。
オーナーの作る料理はほんとに美味しくて、ここ!それそれ!と思ってるところにぴったり当てはまるちょうどいい味付けで過不足がない、と素人ながらに思っていた。
「フレンチはイタリアンじゃないからほんまはパスタはないんやけど…」とお客さんにパスタはないのかと聞かれるたびに言ってたが、まかないは超おいしいパスタを山盛り作ってくれた。この頃はもう大学を中退してたのでほぼほぼフルで勤務していて、ほぼ毎日山盛りパスタを食べていたのでちゃんと太った。よく一人で飲みに来る経営者のおじさんの苦労話を聞きながらすすめられるままにワインを飲んでたらべろんべろんに酔っぱらって、自転車で必死に家まで帰り、一時間ぐらい床で大の字になって動けなかった。たぶん3杯くらいしかいただいてない。でも良いワインだからか悪酔いはせずに済んだ。ここでバイトしてる期間中に受けたレト〇印刷の面接は最終まで残ったけど落ちちゃった。オーナーも応援してくれてたので、悲しかった。
無印
やっぱり、大きく店舗数もあり売り上げをあげてるだけあって、バイトなのにマニュアルもしっかりしていたし細かいところまできっちりとルール化されていた。歳が近い人たちはみな賢い大学に在学しておりバイトもきっちりこなす人たちが多くて、わたしといったら免税処理がなかなか覚えられずおろおろとしてしまい、すごく忙しいときなのに店長の手を煩わせてしまうなどいろいろやらかしていた。でもその免税処理の方法を紙とペンを使ってわかりやすく説明してくれた当時の先輩と今でもたまに遊んでもらったり、働いていた人たちみんな優しかった。良品週間のときは地獄。洋服を畳む時間のことを「おたたみ」と呼んでるのがすごく好きだった。たまに試食販売みたいなこともしたなと急に思い出して笑ってしまった、ヘッドマイクつけたりして、その時間にいくつ売れたとか数字も出たりした。食品担当だったので在庫管理したり、品出ししたりさせてもらった。実はスーパーのレジ打ちバイトをしてたときに印象のよくなかったおばさん客が、同じ食品担当のパートさんだった。最初挨拶したときは数週間、この人どこかで見たことあるんだよなぁと全然思い出せなかった。数年経っていたのに思い出せたのがすごい、喋ったらふつうに良い人だった。
採用してくれた方になんでとってくれたのか聞いたら「なんとなく、雰囲気!」というようなことをおっしゃっていた。ありがとうございます!
カフェ
コーヒーに興味が出てきたころ、ちょうど家の近所にスペシャリティーコーヒーを提供するカフェがオープンした。ご縁がありバイトをさせてもらえることになったが、ほんとうに暇すぎる。変わった場所にあるのでお客さんが全然来ない、ありとあらゆる場所を掃除しまくり、お客さんが来ないので補充するものもなく、コーヒーの知識を付けるために本を読んでも良いと言われ読むも、飽きる。ちょっとくらい良いでしょうと携帯を触ると監視カメラでチェックしてるオーナーから電話がかかってくる!きゃー!お客さんが来なさ過ぎてラテアートの練習全然できなかった。
火力発電の部品を扱う大きめ企業の派遣
今どうなってるんだろうと検索したらまた社名が変わっていた。火力発電を扱っていて、わたしが派遣されたのは派遣さんだけで構成されている営業事務の部署だった。最初の面談で英語はできるかどうか聞かれて、ほんとに早く仕事をしないとお金がなかったのでできますと答えたけど、担当したのは韓国のお客さんで相手はほとんど日本語がわかっていたので電話口で話したりした。これ未経験採用して大丈夫?みたいな仕事内容だった。わたしと同じように未経験で同じ時期に入った人は仕事内容がわからないのに無茶ぶりされるので、すぐにやめていった。火力発電の部品を受注するための見積書を制作したり、実際に部品を海外に運ぶために船で運ぶかそれとも空輸か?部品のサイズ的にどっちが正しいのか?どれくらいの期間見積もっておかないといけないのとか、船の予約をするためのインボイスを作ったり、未知の世界だった。エクセルにはいろんな関数があるんだなとこの時初めて知った。IF関数はもう使えない。この会社で「こんなに仕事できない人っているんだ!」と衝撃を受けた。
辞める時にかかわった人たちに挨拶に回ってたら、歳が近いベテランギャルの営業さんに「みしろさんは適応能力すごいから、どこでもやっていけますよ!」と励ましてもらったことを今でも誇りにしている。iphoneケースがチョコビのギャル!